死に顔は、すやすや眠って、今にも起きてきそうな顔でした。
私が佐賀に帰って以来初めての身内の不幸でした。
土曜は通夜。日曜は葬式で、仕事返上で、手伝いをしました。
そして飲みまくりました。
私もやっと親族の一員になったかなと思います。
叔父は4年位前から体調を崩し、入退院を繰り返していました。
最後は腰の痛みが酷く、酸素ボンベを外せない状態までになっていました。
私もたまに指○などで回復法をやってあげていました。
この一ヶ月間は休みのときは病院へ見舞いの日々でした。
その時見たものは。
足の筋肉はやせ細って骨だけになっていましたが、手首足首の先はアンパンのように浮腫んで腫れあがっているのです。
寝返りするのも苦しいらしく、腰には出来ませんでしたが、むくみの部分に指○を繰り返しました。
もちろん看護師さんの目の届かない所で。
叔母さんにもやり方を教えていました。
すると、ある時、のどが渇いたと言います。
むくみもしわが見え始めました。
(翌日にはまた戻っていましたが)
これは凄いと親戚一同が驚いている矢先でした・・・
でも、亡くなってしまいました・・・
あまりにも急な出来事でした・・・
後で聞いた話ですが、あまりの苦しさに苦しむよりも、楽にさせてやろうと言う医者の配慮?があったそうです。
それは、薬で徐々に楽にさせてやろうとするものです。
確かに見舞いに行ったときは、痰が出せずに苦しむ姿は目におえないものです。
しかし、直前に叔父は叔母に対して、「あと2,3年生きたい!」と言ったそうです・・・
苦しみから解放させる為に、薬を選ぶか?
苦しみながらも、自然死を選ぶか?
考えさせられる1週間になりました。
でも、長生きして欲しかった・・・
こんなに事になるなら、毎日指○しに行けばよかった・・・
私たちが重傷者にとって必要なんだ!
必ず寝たきりや死を待つだけの人達の、役に立つ!と誓った日々でもありました。
「おんちゃん!安らかに眠りんしゃいね!!」
からだ快福センター 有田
Tel&FAX 0955-43-4497
佐賀県西松浦郡有田町丸尾丙1920-3-101
URL:http://homepage2.nifty.com/tatsumi_seitai/
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お気持ち、お察しします。
上手に表現できないですが、みんなのためにもずっと元気でいたいと思います。
ありがとうございます!
やっぱり元気が一番ですね!
私たちも多くの方に元気になってもらうよう頑張りましょう。
本来なら現世を全うしたのだから祝うものかもしれないと思うこの頃です。
叔父様のご冥福をお祈り申し上げます。
>考えさせられる1週間になりました。
難しい問題ですよね。
>>私たちが重傷者にとって必要なんだ!
必ず寝たきりや死を待つだけの人達の、役に立つ!と誓った日々でもありました。
辛いことや重いこともありますが、我々を本当に必要としている方の為に共に頑張りましょう!!
お師匠さんが3日参りの時にこんな事をおっしゃってました。
「人は必ず死を迎える運命にある。それを受け止めなければいけません。でも悲しいのも事実です」と。
また「人を生きているのではなく、生かされているのです。私は父と母に生かされています。父と母もまたそれぞれの父と母に。またそれぞれの父と母もまた・・・。私は多くの人の縁を持って生かされてます。誰か一人でもかけてたら、私はこの世に存在していません。だから、一生懸命生きています」と。
当たり前の事かもしれませんけど、悲しみあふれる中、つい感動してしまいました。
横浜の某A姿勢先生。
そうですね!共に頑張りましょう。
まずは先生の、姿勢と心の歪みを正しますので、来週はお布施の方をお願い致します。